旧山田家養蚕板倉

 開拓使は、屯田兵の授産事業として養蚕を奨励し、琴似兵村ではその成果が実って、屯田兵のなかに独自の養蚕施設を持つ人も現れた。この板倉は、屯田兵として入植した山田家のもので、草創期の暮らしぶりを伝える数少ない遺構の一つである。

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